アート思考で見つける、日常の待ち時間に潜む可能性
私たちの日常生活には、「待つ」という時間が少なからず存在します。電車やバスを待つ時間、病院の順番を待つ時間、お店で商品が出てくるのを待つ時間など、その種類はさまざまです。多くの場合、こうした待ち時間は「何もしていない時間」「できれば避けたい時間」として捉えられがちです。スマートフォンを見たり、ぼんやりしたりして、早く終わってほしいと願う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、アート思考の視点から見ると、この「あたりまえ」の待ち時間の中にも、様々な可能性や気づきの種が潜んでいます。今回は、日常の待ち時間を単なる空白としてではなく、視点を変えて豊かに過ごすためのアート思考のヒントをご紹介します。
待ち時間を「空間」と「時間」として捉え直す
まず、待ち時間をアート作品のように、そこに存在する「空間」と流れる「時間」として意識的に捉え直してみましょう。
例えば、駅のホームで電車を待っているとします。普段なら単に「待つ場所」としてしか認識しないかもしれませんが、少し立ち止まってその空間を観察してみてください。 * ホームの壁の素材や色はどうなっているでしょうか? * 天井の形状や照明の配置に何か特徴はありますか? * 足元のタイルの模様や、床に落ちているものは? * そこにいる人々の服装や持ち物、立ち方、会話の様子はどうでしょうか?
このように空間の細部に意識を向けると、これまで見過ごしていた多くの情報があることに気づきます。それは、その場所が持つ歴史や機能、そしてそこで営まれる人々の営みを示唆しています。
次に、流れる時間にも目を向けてみます。 * 待ち時間は長く感じますか? それとも短く感じますか? * なぜそう感じるのでしょう? * 周囲の音(電車の通過音、アナウンス、人々の話し声など)は時間の流れにどのように影響しているでしょうか? * 光の変化(朝、昼、夕方、夜)は、その場所の雰囲気をどう変えていますか?
時間や空間を「あたりまえ」として受け流すのではなく、意識的に観察し、感じ取ることで、同じ待ち時間でも全く異なる体験になるはずです。
待ち時間に現れる「自分自身」や「状況」に目を向ける
待ち時間は、外部の刺激が一時的に減る時間でもあります。これは、内面に目を向ける良い機会となり得ます。
- 今、どんな気持ちで待っていますか? 焦り、退屈、期待、穏やかさ…?
- なぜその気持ちなのでしょう?
- 何を考えていますか?
- 体はどのように感じていますか? (立つ姿勢、手の位置、呼吸など)
自分自身の内面を静かに観察することも、アート思考における重要な「見る力」の一つです。自分の感情や思考を客観的に見つめることで、新たな自己理解につながる可能性があります。
また、待っている「状況」そのものにも問いを投げかけてみましょう。 * 「なぜ、この場所で、この時間に待つ必要があるのだろう?」 * 「この待ち時間は、何かのプロセスの中でどのような意味を持っているのだろう?」 * 「もし、待つ必要がなかったらどうなるだろうか?」 * 「この状況には、どんな『あたりまえ』のルールや習慣があるだろうか?」
こうした問いは、普段疑問に思わないシステムの裏側や、私たちが無意識に従っているルールに気づくきっかけを与えてくれます。
待ち時間を「問い」の種として活用する
アートは、私たちに問いを投げかける存在でもあります。待ち時間もまた、様々な「問い」の種を内包しています。
例えば、カフェでコーヒーが出てくるのを待っている時。 * 「このコーヒー豆はどこから来たのだろう?」 * 「バリスタはどんな気持ちでコーヒーを淹れているのだろう?」 * 「このカップの形にはどんな意図があるのだろう?」 * 「なぜ、コーヒーを待つ間に人はスマートフォンを見るのだろう?」
このように、目の前の事象や、そこで起きている行動に対して素朴な疑問を持つことは、アート思考の出発点です。「なぜ?」や「もし~だったら?」という問いを心の中で自由に巡らせてみましょう。すぐに答えが見つからなくても構いません。問い続けること自体が、既存の枠組みを超えて考える力を養います。
待ち時間でできる小さなアート思考エクササイズ
日常の待ち時間で、気軽にアート思考を実践できる小さなエクササイズをいくつかご紹介します。
- 五感探偵: 待っている間に、意識的に五感を研ぎ澄ましてみてください。
- 視覚: 普段見ないような細部(壁の傷、床の模様、人の靴など)を観察する。
- 聴覚: 聞こえてくる音(雑踏、機械音、自然の音など)に耳を澄ませ、音の層や質を感じる。
- 嗅覚: その場所特有の匂い(空気の匂い、食べ物の匂い、人の匂いなど)を感じ取る。
- 触覚: 触れられるもの(壁、椅子、自分の服など)の質感や温度を感じる。
- 味覚: (可能な場合)口の中に広がる感覚や、直前に食べたものの余韻を感じる。
- 「もし~だったら」想像: 待っている状況に対して、「もし〇〇が△△だったらどうなるだろう?」と想像を膨らませます。
- もし、この待合室が森の中だったら?
- もし、待っている人が全員同じ色の服を着ていたら?
- もし、時間が逆方向に進み始めたら?
- 定点観測(心の中で): 同じ場所で繰り返し待つことがあるなら、その度に観察をしてみてください。何が同じで、何が変わったか。変化に気づくことが、新しい視点につながります。
まとめ:待ち時間を創造性の時間に
日常の「あたりまえ」となっている待ち時間は、実は私たちの凝り固まった見方や習慣に気づき、そこから新しい視点や発想を生み出すための宝庫です。
待つことを単なる「空白」や「無駄」と捉えるのではなく、少しだけ意識を向け、五感を使い、問いを立てることで、見慣れたはずの景色や状況が全く違って見えてきます。それは、退屈な時間を発見に満ちた時間に、受け身の時間を示すの時間へと変える力を持っています。
アート思考は、特別な場所や時間に行うものではありません。こうした日常のささやかな待ち時間から実践を始めてみることが、あなたの「あたりまえ」を問い直し、創造性を磨くための一歩となるでしょう。次に何かを待つ時、少しだけ周りを見回し、自分に問いかけてみてください。その時間から、きっと何か新しい気づきが生まれるはずです。