アート思考で見つける、日常の「時間」の豊かな過ごし方
私たちは日々の暮らしの中で、常に時間に囲まれています。朝起きる時間、仕事に行く時間、休憩時間、寝る時間。そして「時間がない」「時間にもっと追われている」と感じることも多いのではないでしょうか。効率やスピードが重視される現代社会において、「時間」はまるで管理すべき資源であり、常に不足しているもの、という感覚が「あたりまえ」になっているかもしれません。
しかし、時間とは本当に時計が刻む一定の単位だけで測られるものなのでしょうか?アート思考は、このような日常の「あたりまえ」に立ち止まり、「それは本当にそうだろうか?」と問い直すことから始まります。今回は、アート思考を通して、私たちが普段捉えている「時間」という概念をひもとき、日常の中で時間の質を高め、より豊かに過ごすためのヒントを探ります。
時計の時間と心の中の時間
私たちが普段意識している時間のほとんどは、時計が示す客観的な時間です。会議の開始時間、電車の出発時間、お店の閉店時間など、社会生活を営む上でこの時間は不可欠です。これを「クロノス(Chronos)」の時間と呼ぶこともあります。
一方で、私たちは体感として、時間の流れが速く感じたり、逆に遅く感じたりすることがあります。好きなことに没頭している時はあっという間に時間が過ぎるように感じ、退屈な時間はなかなか終わらないように感じます。これは、個人の内側で流れる時間、あるいは時間の「質」に関わる感覚であり、「カイロス(Kairos)」の時間と呼ばれることがあります。
アート思考は、この「クロノス」というあたりまえの時間の捉え方から一歩離れ、「カイロス」のような主観的、あるいは質の高い時間、そして時間そのものの本質に目を向けることを促します。
日常の「時間」というあたりまえを問い直す
「時間がない」という感覚は、多くの場合、やるべきこと(to-doリスト)に対して客観的な時間が足りない、と感じることから生まれます。ここでアート思考のレンズを通して問いを立ててみましょう。
- なぜ「時間がない」と感じるのだろうか?
- 本当に時間が「ない」のだろうか、それとも時間の「使い方」や「捉え方」に要因があるのだろうか?
- 時計の時間だけが、時間の唯一の尺度なのだろうか?
- 「効率的に時間を使う」ことが本当に最も大切なことだろうか?
- 意図的に「非効率」な時間や「何も生み出さない」時間を持つことは、どんな意味を持つだろうか?
このように、「時間」という一見動かせない「あたりまえ」に対して「なぜ?」「本当に?」と問いを投げかけることで、これまで見えていなかった時間の側面や、自分自身の時間に対する無意識の思い込みに気づくことができます。
アート作品から「時間」の多様な表現を感じ取る
アート作品は、しばしば「時間」という抽象的な概念を多様な方法で表現しています。例えば、時間の経過や変化を記録した作品、一瞬を永遠に閉じ込めたかのような作品、あるいは鑑賞者が作品と向き合う「時間」そのものを体験の一部とする作品などがあります。
絵画であれば、筆致の積み重ねに画家の費やした時間を想像したり、光の描写から特定の瞬間や季節を感じ取ったりすることができます。彫刻であれば、素材の質感や風化の具合に悠久の時間を思ったり、周囲の空間との関係性の中で流れる時間を感じたりするかもしれません。現代アートでは、パフォーマンスやインスタレーションなど、文字通り時間の経過とともに変化したり、鑑賞者の滞在時間が作品体験を決定づけたりするものも多くあります。
これらの作品と向き合うことは、時計の時間とは異なる、多様な時間の存在や感じ方があることに気づくきっかけとなります。作品の前で立ち止まり、ただ「感じる」時間を持つこと自体が、日常の時間の使い方への問い直しにつながるでしょう。
日常で実践するアート思考の「豊かな時間」の見つけ方
では、アート思考の視点を日常に取り入れ、「豊かな時間」を見つけるにはどうすれば良いでしょうか。いくつか具体的なヒントをご紹介します。
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「意図的な空白の時間」を作る:
- スケジュールを詰め込みすぎず、あえて何も予定を入れない「空白の時間」を作ってみましょう。その時間には、ふと立ち止まって外の景色を眺めたり、流れてくる雲をぼーっと見たり、目的もなく散歩したりします。
- このような時間は一見「無駄」に見えるかもしれませんが、心に余白を生み、普段気づかないことへの感受性を高めることがあります。
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一つの「瞬間」に深く意識を向ける:
- コーヒーを飲む、窓の外を見る、音楽を聴くといった日常のささやかな行為に、いつもより丁寧に意識を向けてみましょう。五感を研ぎ澄ませて、その瞬間の色、音、香り、手触り、感覚を味わいます。
- これはマインドフルネスにも通じる考え方ですが、特定の瞬間の「質」に意識を向けることで、時間の流れ方が違って感じられることがあります。
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「なぜ、今これをするのか?」と問いかける:
- タスクや行動に移る前に、「なぜ、今これをするのだろう?」「この行動は自分にとってどんな意味があるのだろう?」と問いかけてみましょう。
- これは効率を否定するものではなく、行動の目的や価値を再認識し、無意識に時間に流されるのではなく、より主体的に時間を使うための問いです。
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時間の感じ方の変化を記録する:
- ある活動をした時に「時間がゆっくり流れた」と感じた、別の活動では「あっという間だった」と感じた、といった時間の体感の変化をメモしてみましょう。
- どのような時に時間の質が変わるのかを観察することで、自分にとって「豊かな時間」とはどのようなものかが見えてくることがあります。
まとめ:時間の「あたりまえ」から解放される
時間に追われる感覚は、現代を生きる私たちにとって避けがたい部分もあります。しかし、アート思考の視点を持つことで、時計の示す一定の時間だけでなく、自分自身の内側にある時間、そして時間の「質」に目を向けることができるようになります。
日常の「時間」というあたりまえを問い直し、意識的に時間の使い方や感じ方を変えてみること。それは、決して特別なことではなく、日々のささやかな瞬間に立ち止まり、注意深く感じ取ることから始められます。
アート思考を通じて「時間」との新しい向き合い方を見つけることは、時間に縛られるのではなく、より主体的に、そして豊かに日常を過ごすための第一歩となるでしょう。今日からほんの少しでも、時間の感じ方に意識を向けてみてはいかがでしょうか。