アート思考で気づく、日常の「バランス」が生み出す新しい問い
私たちは日々の生活の中で、「バランス」という言葉や概念を無意識のうちに受け入れています。立つこと、歩くこと、座ること。これらはすべて、体のバランスが保たれているからこそできる動作です。また、仕事とプライベートのバランス、人間関係のバランス、感情のバランスなど、形のないものに対しても「バランスが取れているか」を気にかけます。
この「バランス」は、あまりにも当たり前すぎて、普段意識することがありません。しかし、アート思考の視点からこの「あたりまえ」を問い直してみると、私たちの固定観念や、新しい発想の種が見つかることがあります。
なぜ「バランス」をアート思考で問い直すのか?
「バランスが良い」という状態は、多くの場面で「望ましい」とされています。安定していて、予測可能で、安心できる。だからこそ、私たちは無意識のうちにバランスを保とうとします。
しかし、アート思考は、あたりまえの「正しさ」や「望ましさ」を一度脇に置いて、「なぜそうなのか?」「他の可能性はないか?」と問いを立てることから始まります。バランスについても同様です。
- なぜ、この物理的なバランスが「安定」だとされているのだろう?
- なぜ、仕事とプライベートは「分け」、そして「バランスを取る」必要があるのだろう?
- なぜ、人間関係では「ギブアンドテイク」のバランスが重要だと言われるのだろう?
- なぜ、感情は「穏やか」な状態が良いとされ、その「バランス」を保とうとするのだろう?
このような問いを立てることで、私たちは日頃見過ごしている「バランス」の定義や、それを維持しようとする理由、そしてその背後にある価値観に気づくことができます。
日常の「バランス」をアート思考で問い直すヒント
具体的な視点を持って、日常の「バランス」を問い直してみましょう。
1. 物理的なバランスを観察する
私たちは歩行器を使う乳幼児期や、転倒が増える高齢期を除けば、体のバランスを保つことに苦労しません。しかし、あえてこの「あたりまえ」に目を向けてみます。
- 歩くとき: 地面に足をつけるたびに、体は微妙なバランスを取り直しています。その一瞬一瞬の体の動きや感覚を意識してみましょう。もし、地面が少し傾いていたら? 滑りやすかったら? そのとき、体はどのようにバランスを調整するでしょうか?
- 座るとき: 椅子に座っている状態もバランスの上に成り立っています。椅子の座面が斜めだったら? 背もたれがなかったら? 片側に体重をかけて座ってみたら? 「安定して座る」以外の座り方には、どのような可能性があるでしょうか?
- モノの配置: 本棚の本は倒れないように並べられ、机の上のモノは使いやすいように配置されています。これは「倒れない」「効率が良い」といった目的のためのバランスです。もし、あえて本の並びを不安定にしてみたら? 机の上のモノを無造作に置いてみたら? そこから何か新しい発見や、別のバランスの面白さが見つかるかもしれません。
2. 精神的・生活のバランスに問いを立てる
目に見えない「バランス」は、より複雑で、私たちの価値観や社会的な規範と深く結びついています。
- 仕事と生活: 「ワークライフバランス」はよく聞かれる言葉です。しかし、「なぜ分ける必要があるのか?」「なぜ50:50が良いとされるのか?」と問い直してみましょう。仕事に熱中する時期があっても良いのではないか? 生活の中に仕事の要素が入り込んでも良いのではないか? 自分にとって「心地よい」と思えるバランスは、社会的な理想とは違うかもしれません。
- 感情のバランス: 常に平静でいることが「大人の対応」とされることがあります。しかし、喜びや悲しみ、怒りといった感情の揺れ動きを否定するのではなく、「なぜこの感情が生まれたのだろう?」「この感情が指し示すことは何だろう?」と観察してみましょう。感情の「アンバランスさ」の中に、自分自身の奥底にある願望や課題が見えてくることがあります。
- 人間関係: 関係性における「バランス」も、与えることと受け取ること、主導権を握ることと委ねることなど、様々な側面があります。「この人との関係性のバランスはなぜこうなっているのだろう?」「もし、このバランスが崩れたら、関係性はどのように変わるだろう?」と考えてみることで、相手との距離感や、関係性のあり方について新しい気づきが得られるかもしれません。
「バランス」を問い直すことから生まれるもの
日常の「バランス」にアート思考の視点を向けることは、「あたりまえ」だと思っていた安定した状態や、その維持を目指す価値観を一度疑ってみるということです。
この問い直しから生まれるのは、必ずしも「正しい答え」や「より良いバランス」ではありません。そうではなく、
- 自分自身がどのような「バランス」を無意識に求めているのか
- その「バランス」は、誰かから刷り込まれたものではないか
- 意図的に「バランス」を崩してみると、どのような新しい状態や可能性が現れるか
- 「バランスが崩れている」と感じるとき、それは何を教えてくれているのか
といった、自分自身の内面や、世界に対する新しい「問い」や「気づき」です。
これらの問いや気づきは、あなたがこれまで当たり前だと思っていた状態から一歩踏み出し、物事を多角的に捉え直すための出発点となります。完璧なバランスを求めるのではなく、バランスの「あり方」自体に疑問を持ち、探求してみること。それが、アート思考を通じて日常に潜む豊かさを見つけ出すための一歩となるでしょう。
あなたにとっての「バランス」とは何でしょうか?そして、そのバランスは本当に「あたりまえ」なものなのでしょうか? 日々の生活の中で、ぜひ立ち止まって問いを立ててみてください。